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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(オ)1261号 判決

上告人

大塚利信

右訴訟代理人

柴山譽之

辻野和一

被上告人

川鉄物産株式会社

右代表者

今橋健雄

右訴訟代理人

和田一夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柴山譽之の上告理由について

原審の適法に確定したところによれば、三星工業株式会社(以下「三星工業」という。)は、昭和四七年から昭和五一年までの間川鋼物産株式会社(以下「川鋼物産」という。)が三星工業の経営状況や信用状態の調査あるいは相互の債権債務の照合等をするため、川鋼物産に対する手形金債務及び買掛金債務を記載した決算報告書を作成して川鋼物産に提出し、川鋼物産ではその決算報告書の内容について説明を求めたり記載内容の確認をしていた、というのであるから、右事実関係のもとにおいては、三星工業は決算報告書に記載された自己の債務の存在を承認したものと解するのが相当であり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人柴山譽之の上告理由

第一 原判決には民法の時効中断に関する規定の解釈適用を誤つた法令の違背があり、右違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 原判決は第一審判決をそのまま認め、上告人の控訴理由は、ないとする。

第一審判決においては、本件被担保債権はいずれも時効期間が経過していると認めながら、決算報告書の提出でもつて、右時効は中断されていると判断する。

しかし、決算報告書の記載等によつて時効が中断すると解釈することは民法の時効中断に関する規定の解釈を誤つたといわざるを得ない。

二 まず、決算報告書の提出についてであるが、本件決算表は訴外三星工業株式会社清算人安村英敏が作成したごとくなつているが、そもそも訴外会社の事務所はなく、会計帳簿、清算人印等、関係書類は全て親会社であつた被上告人が保管していたものである。本件決算書は被上告人において作成し、安村がこれに署名捺印するという形式でもつてなされたもので、訴外会社が被上告人に報告し、原判決が認定するような相互の債権債務の照会等をなすための手続ではなかつた。

そもそも中小企業にあつては決算報告書は税務署へ提出するためのつもりであり、債権者、債務者間の債権債務の照会等のために作成されるものではない。又、決算書の目的は決算時における決算会社の利益、又は欠損の算出のために作成されるものである。決算報告書の作成は、商法によれば株主保護のため株主に対し会計内容を開示する目的のためである。しかし、ほとんどは税務会計のためである。右作成は法務省令の「株式会社の貸借対照表、損益計算表及び付属明細書に関する規則」によつて作成されるものである。その勘定科目の資産の部での各債権についても然りである。

計算書類規則に基づく記載では時効消滅している債権でも一応その科目には記載するものである。作成者はいちいち時効消滅しているかどうか判断して記載しない。右科目に記載されている債権が時効消滅しているかどうかは、民法等による実体法規の解釈で定まるもので、決算書記載の法則である決算書類規則とは関係がない。

本件決算書も右規則でもつて前述の目的のために作成したもので、原判決が認定するような債権、債務の照会はなかつたものである。原審の証拠によつても訴外会社と被上告人間で、決算報告書でもつて債権、債務関係を照合したと認められるものは一切ない。

否、かえつて乙第一〇号証の債務確認書が作成されているが、もし、決算報告書において債権債務の照合があれば、わざわざ、右確認書を作成する必要はない。右乙第一〇号証からしても明らかである。

三 ところで、原判決は、時効中断につき手形債権についてのみこれを認める。しかし決算報告書での手形債権の記載は非常に抽象的であり、これのみでは時効中断とはなりえない。手形債権の時効中断については手形に呈示を必要とするかどうか議論され、その必要はないと判決は解するが、右議論からしても呈示を必要しなくても、ある程度の手形債権には、手形要件が逐一記載され、現に所持していることが記載されているという事案である)本件決算報告書にはこれがない。又、いずれの手形債務なのかも明白ではない。大審判大正七年一一月七日判決の事案によれば「……敦レノ債務ヲ承認シタルヤ不明ナルトキハ債権者カ総テノ債務ニ付キ請求シ債務者ニ於テ之ヲ承認シタルモノト為ス実験法則アルモノニ非ス」と判示している。本件においては、手形債務が多数あり又その特定ない場合には右と同様のことが言え原判決の判断は右大審院判例にも違背すること明らかである。

右のように原判決は民法の時効中断の規定及び最高裁判所判決(大審院判決)の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。

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